愛して、愛し抜く

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    過越祭の前のことである。イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。

     今日、聖木曜日の福音は、最後の晩餐の場面が読まれます(ヨハネ13.1-15)。弟子たちをこの上なく愛し抜かれたイエスがとった行動は、彼らと同じ食卓を囲むことでした。イエスが公生活、宣教活動をしていたのは三年ほどだったと言われています。一緒に食事をすることは、その間、毎日繰り返してきた日常であり、同時に、どんな時間よりも弟子たちとの愛と友情に満ちた一時でもあったのでしょう。

     イエスは、復活した後も弟子たちと共に食事をします。エマオへ向かう二人の弟子が、自分たちが一緒にいる相手がイエスだと気付いたのも同じ食卓に着いた時でした。弟子たちにとっても、イエスと同じ食卓を囲む時間は特別なものだったのだと思います。一人ひとりに、忘れられない思い出があったことでしょう。

     私たちが与るミサは、単に最後の晩餐の形を演じているのではなく、最後の晩餐そのものです。時間も空間も越えて、神秘によって、私たちも最後の晩餐に共にいる。私たちもイエスと同じ食卓を囲んでいる。イエスは、今ここで、私たちにも「一緒に飯を食おうぜ」と呼びかけてくださる。それこそキリスト者の信仰であり、希望です。そして、聖木曜日はその頂点です。

     そして、今度は私たちの番です。人のことを愛して、この上なく愛し抜いて、「一緒に飯を食おうぜ」と誘う。最後の晩餐の記念は、私たちがそんな生き方へ出発していく場でもあるのだと思います。
    • 2020.04.09 Thursday
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    • by U.Z

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