赦されること、赦すこと

0
    神の御心によって召されてキリスト・イエスの使徒となったパウロと、兄弟ソステネから、コリントにある神の教会へ、すなわち、至るところでわたしたちの主イエス・キリストの名を呼び求めているすべての人と共に、キリスト・イエスによって聖なる者とされた人々、召されて聖なる者とされた人々へ。イエス・キリストは、この人たちとわたしたちの主であります。わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。

     今日の第二朗読(.灰螢鵐1.1-3)はパウロの「コリントの境界への手紙1」の冒頭部分が読まれます。パウロはかつて、熱心なファリサイ派であり、多くのイエスの弟子を捕らえ、死に追いやっていました。

     そんなパウロが「神の御心によって召されてキリスト・イエスの使徒となった」と自己紹介し、「わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように」と人々のために祈っているのです。

     これはパウロ自身にとって劇的な回心であったと同時に、使徒をはじめとするイエスの弟子たちにとっても大きな出来事であったと思います。自分たちの大切な仲間を何人も死に追いやった、憎んでも憎みきれないほどの仇を、仲間として受け入れたのですから。

     パウロが使徒として召されたという事実は、どんな人でも赦され、イエスから招かれること、そして、どんなに憎い相手のことも赦し、受け入れることができるということ、この二つの恵みの証しなのだと思います。


    calendar

    S M T W T F S
       1234
    567891011
    12131415161718
    19202122232425
    2627282930  
    << April 2020 >>

    selected entries

    archives

    profile

    search this site.

           

    links

     

    人気ブログランキング

    にほんブログ村

     

    follow us in feedly

    お問い合わせは以下のアドレスまでお願いします(リンクではありません。お使いのメールソフトに画像のアドレスを打ち込んでください)。

    catmark.jpg

     

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM