十字架につけろ

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    「十字架につけろ。」

     今日は受難の主日。福音朗読(マタイ27.11-54)では、会衆が福音書の中の群衆の言葉を声に出して唱えます。

     かつて、救い主として賞賛した、自分たちの王となることを期待したイエスを「殺せ」と罵る群衆たち。今、イエスが神の子、救い主であると信じている私たちが「十字架につけろ」と声をあげる意味はどこにあるのでしょうか。

     イエスが十字架に架かったのは、全ての人の罪をその身に背負って死ぬことによって、全ての人を罪から救うためです。同じ時代に生きたユダヤ人だけを救うためではありません。時間も空間も超えて、全ての人を救うためだったのです。

     イエスは、誰かのためではなく「私のため」に十字架に架けられた。架かってくださった。私たちはどこまでそれを実感しているでしょうか。「十字架につけろ」と口にする時の心の痛みは、私たちにそのことを思い起こさせてくれるのではないでしょうか。


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